小清水町に移住した経緯と山村留学

チューリップ

◆横浜市から小清水町へ 母と子どもでの山村留学からスタート

北洋小学校での入学式

北洋小学校での入学式


 2004年の4月初旬、長年住んだ横浜を出発し、小清水町をめざした。東北の盛岡で雪のために通行止めになり盛岡で雪タイヤを装着した。北海道に渡っても雪は降り続いた。

 そして、横浜を出発してから3日目の雪がやんだ日に、わが一家は小清水町に到着した。翌日、娘たちの通うことになった北陽小学校の校門を初めてくぐった。

北陽小学校

北陽小学校


 我が家が小清水町の自然体験留学生に応募し、小清水町に移住した理由は、下の娘が横浜の小学校に入学したもののその後学校に通うことができず、いわゆる「登校拒否」である。

 その解決の道の一つとして子どもたちが学ぶ環境を変えてみたいということがまず第一にあった。

 妻は地元でフリースクールの開設などの動きにも関わっていたが、直ぐに横浜を離れられる条件はあった。

北陽小学校の景観

北陽小学校の景観


 僕(父)は永年勤めた盲学校教員という職業にピリオドを打ち、障害のある人や高齢者を対象としたIT(パソコン)の利活用に関わった事業を始めようとしていたので、その準備活動を始めようとしていた。

 そういう意味では、日常の動きが自由になるという背景もあり、横浜を離れるて北海道に移住することができる状況にあった。

移住前に行った美幌峠にて

移住前に行った美幌峠にて


 山村留学の候補地は、インターネットを使って探した。あちこちのサイトを回っているうちにヒットしたのが小清水町の「自然体験留学生」の情報だった。

 オホーツクは、以前からパソコン通信・インターネットを通じて知り合いの友人が多く、中には、農家のインターネットホームページの制作を行ったり、横浜でオホーツクの農産物販売のイベントをいっしょにやってきた仲間がいっぱいいた。

雪の日の小学校

雪の日の小学校


 また、小清水町にも何度かおじゃました農家の友人がいて、冬には流氷を送ってもらったこともある。何度かの北海道旅行で小清水町付近を回ったが、小清水町は子どもたちにとっても馴染みの街であった。

 身近であった。北陽小学校のホームページを見て、子どもたちは「かわいい小学校」「こういう小学校だったら行ってみたい」という率直な感想が出された。

学校内にあった森

学校内にあった森


 小清水町の友人に問い合わせたら、北陽小学校のPTA会長もされたようで、「よい小学校だから、来てみたら!」というお誘いも受けた。

 さっそく妻が町に問い合わせをして、その親切な対応で、移住することが最終的に決まった。

 移住して住む家も新築の公営住宅を用意して、とりあえず必要な家電製品を用意してくれるとのことだった。移住はあっさり決まった!

◆北海道への移住は決まった!

学校の野外活動施設

学校の野外活動施設


 しかし、僕は友人から新しい仕事の立ち上げに関わって欲しいという依頼があり、一方で別の障害のある人に対するIT支援のネットワークづくりの実験事業も手伝って欲しいという依頼があり、当面横浜に単身でとどまることにした。

 いろいろ話を聞くと、小清水町で移住者が仕事を確保することは難しい状況があるので、小清水町に僕が移住してもそれなりに仕事が確保できる状況を一方で作りたかったのである。

女満別空港を飛び立った飛行機からみたオホーツク

女満別空港を飛び立った飛行機からみたオホーツク


 しかし、まったく学校に行くことができなかった下の娘はそれまでのことがうそだったように毎日笑顔で、楽しく生活しているという。時々の電話で会話も声に張りが出てきている。

 上の娘はもともと「のほほーん」としているところがあるが、小清水での生活を本当に楽しんでいるようであった。

 子どもたちが元気に生活している便り、それが横浜での一人での僕(父)生活の原動力になった。

学校の野外活動

小学校の仲間と


 おかげで小学校にいくことのできなかった娘は、それまでが嘘だったかのように一日も休むことなく小学校に通うことができるようになった。

 時たま小清水に行ったときに見る娘たちの元気な姿とそこにある笑顔は横浜ではみることのできなかったものであった。

 子どもたちが元気な姿こそ親として一番うれしい場面であった。

◆父も北海道に移住!

無線のBB(ブロードバンド)の中継アンテナ

無線のBB(ブロードバンド)の中継アンテナ


 2005年の2月に、小清水町に無線のBB(ブロードバンド)インターネット回線が小清水町で開設されるという話を聞いた。

 僕の場合、インターネットを使えるそこそこの環境があれば、これまでやってきた仕事の一定の継続が可能であるし、また新規にいろいろな事業の開拓も可能になってくる。

ちょうど3月にそれまでやっていたプロジェクトが終了になり、仕事の面でいくつか区切りがつけられることになった。

校内のパソコン教室

校内のパソコン教室


 またインターネットのBBがあるならば、これまでの仕事も継続してお願いできますねという話も進んで、家族といっしょに生活する、つまり僕も小清水町に移住する決意を固めた。

 そして、2005年の4月の下旬にレンタカー(バン)に積めるだけの荷物を積んで、横浜を後にした。久しぶりの家族との生活はとてもうれしかった。小清水町に到着する前の日も雪が降ったらしいが、5月の連休に大雪になりさすがにびっくりした。

小学校への自転車通学[

小学校への自転車通学[


 4月まで勤務していた会社で雇用保険をかけていたので、失業保険の申請に網走のハローワークに出かけた。

 その時、担当者より自信を持って?「こちらには仕事がありません。」と言われたときはちょっとショックを受けたが、もともとこちらに来たらそれまでやろうと思ったIT関係の仕事を自分でやることを考えていたので、本気でやるぞ!というけじめになったように思う。

◆教育活動を拝見させていただいて感心することが多々!

子どもたちの自由研究の発表

子どもたちの自由研究の発表


 時々授業参観に行かせていただいく。以前の仕事が教員だったので、授業を担当する側だったので、どちらかというと教員という目で授業をみてしまいがちなので、できるだけそういう目ではなく、親として接しようと思った。

授業が始まると、いや授業が楽しい!僕もついつい生徒として参加してしまいそうになる授業である。授業というものはこうありたいと思ってきた授業であった。

給食室

給食室


 いかの解剖の授業では、じっくりいかに触りながら、発見をしながら、疑問を持ち、最後はおいしくいただく。

 この「おいしくいただく」というところに単に生き物を解剖するだけではなく、いかが人間にとっての大事な食材の一つになっていることにつながっていく、そういう興味深い授業だった。

 僕も教員時代にはこういう授業をやっていた(~~;

食農教育の実践

食農教育の実践


 もう一つすごいなと思ったことがある。それは毎年行われている栽培の学習。今、僕は全国的に展開されつつある食農教育に関心を持っている。

 東京の農業関係の書籍を出版している農文協というところで主催されている「地域に根ざした食農教育ネットワーク(食農教育ネット)」の事務局の一員を担わさせていただいている。

学校内のオープンシステム

学校内のオープンシステム


 そこでは全国各地の食と農に関わった教育実践が集まってくる。地域の農家と連携して本格的な食農教育を実践しているところが増えてきているが、幼稚園や保育園では興味深い実践が多いのに、年齢があがる小学校→中学校→高校に進むに連れて、面白い教育実践が減ってくる。

 面白くないと感じるのは、先生の実践に対する自己満足?が優先されていて、活き活きとした子どもたちの姿が出てこないからである。

学校農園で栽培しているすいか

学校農園で栽培しているすいか


 北陽小学校における子どもたちの栽培の学習(総合的な学習の一環)ですごいと思うのは、少人数にも関わらず、一人ひとりが栽培する作物を決めていることである。

 一人ひとりがその栽培する作物に関していろいろ調べて、最終的に「おいしいもの」を収穫することにあると思っている。

時折学校の教室付近に発表されている学習の様子を子どもたちが書いたものをみせていただくとその様子が手に取るようにわかってきた。

食農教育の実践

食農教育の実践


 農作物を栽培する学習は、まさに総合的な学習で、おいしいものを収穫し、食べるために人間がこれまでにどのような苦労とそれに関わる知恵をだしてきたかを体験的に学習することのできるものである。

 時には芽が出なかったり、作物が枯れてしまったり、鳥に食べられたりと悲しい結果になることもあるが、それも有効な学習内容になりえる。まさに失敗は成功のもととして、どんな場合にもそれが発展する可能性があり、来年こそはという長い時間のスタンスの中でものを考える大事なきっかけにもなる。

茄子の栽培

茄子の栽培


 日本全国の学校ではたいてい栽培の授業をやるにしても、栽培する作物は先生たちがすべておぜんだてされ、何から何まで先生が用意してしまい、失敗させないための注意点ばかりを強調する傾向がある。

 北陽小学校では、栽培した作物を子どもたちが本当によく観察しているなという印象を受けた。娘たちも、いっしょに学校にいくと自分の栽培している作物の畑に「自慢げ」に案内し、いろいろ説明してくれる。

横浜時代の菜園にて

横浜時代の菜園にて

 横浜に住んでいる時には片道3時間の距離の場所に畑を借りたり、団地の片隅を開墾して畑を作っていた。

 そこで関わってきた経験をもとに、今度は自分の畑だと自慢したい娘たちの姿を見て、この学校に子どもたちを通わせていただけて本当に良かったなぁと思っている次第である。

◆地域の学校

地域のお祭での子ども神輿

地域のお祭での子ども神輿


 都会に住んでいると学校の行事があっても地域に住む人たちはある意味で無関係で、学校は学校の中だけで完結している。

 しかし、北陽小学校の運動会・学芸会等の学校行事は、地域の行事である。

 まぁ子どもたちの数が少ないので、地域全体でやらないとという事情はある。

地域のすもう大会

地域のすもう大会


 学校に子どもが通っていない地域の方々もいっしょになって行事の準備から関わっていくところに地域の人々のつながりができ、それが地域で子どもたちを育てる形になっていくことは大事なことだと思う。

 学校としても地域のお祭りや行事等に積極的に関わりを持ち、近隣の原生花園の維持管理のお手伝い等に関わるなど地域と密接なつながりを子ども自身もそのことを体感的に学んでいける仕組みがあることはとても意味あると思う。

秀峰・斜里岳

秀峰・斜里岳


 都会のような隣に住んでいる人が誰か知らないような現状の中で様々な問題が起きているが、地域で子育てが意識されてることは、とても安心感がある。

 以上、この小清水に移住し、子どもたちが毎日元気に学校に通っている事実を通じて、素晴らしい町に住むことができて良かったと思っている。毎日、天気の良い日は斜里岳の雄大な姿を見て励まされたことが多々ある。小麦色の畑の美しさに心を打たれ、今は、毎日流氷を見に行き、その動的な自然の姿に圧倒されている


この文章は子どもたちが北陽小学校に入学していた当時に学校の会報誌に投稿したものを加筆・修正したものである。

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